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第190回 困惑そのまま<8/30>

 今日の日経金融に「全面高・安が映す思考停止――相場観不在が招く市場衰弱」というタイトルで、前回述べた私の視点にほぼ近い文章が掲載さています。
 結論が「相場観なき大味相場は市場衰退の前兆と言えるだろう」となっており、そこに我々との立場の違いを感じます。
 我々に問われているのは、今自分がどうしたらよいかであって、市場に警鐘を鳴らすことではありません。

 月曜日の日経平均1万円乗せは、結果的にいかに今の市場に個別株への投資意欲が減退しているかを見せつけ、一般投資家のマインドをますます冷えさせました。
 お客様の立場なら、株はもう止めて忘れてしまうという選択もできますが、我々はそうはいきません。逃げ出したくても、逃げ出せません。一般投資家の意欲減退と個別株売買の不振がどの位長期化するかは、生活に直接かかわる切実な問題です。
 去年の冬以降、我々歩合外務員の収入は激減しました。家族の食い扶持どころか、月々の社会保険料さえ稼げず、天引きして不足した金額を会社に支払う外務員も増加しています。さすがに過去の貯えもあり、今のところ皆なんとかやっていけている状況ですが、あと数ヶ月このような状態が続くなら、ギブアップする人が急増するものと考えられます。

 ・・・・・・・・。朝書きかけて、場が始まって中断していたら、前場は日経平均が9520円台まで下落して終わりました。今は昼休みです。
 投資意欲の減退について書いていたわけですが、それよりも緊急に9500円をもし割れた場合について対応を迫られる局面となりました。
 しかし、二三の顧客に連絡した限りでは、「もうどうにでもなれ」という心境で、今さらドキドキするような感触はありませんでした。
 9500円をもし割れば、指数の一段安はまず確実でしょう。現物にも指数取引にからんだ売りが出るのも確実でしょう。だが、それがなんだとある顧客は言うのです。持ち株が何分の1に下がり、建て玉が何10%も値下がりし、今さら10%やそこいら下がったからといって、大騒ぎしたくないと顧客は言いました。
 ふだん聞けば、なんと頼もしい言葉だろうと思ったはずですが、今日の場合は、顧客の相場に対する失望感、私の営業マンとしての危機的状況を強く感じました。
 普通の感覚では、もし9500円を今回も割らずに反発に向かえば、今度こそ底入れ感が出るのでしょうが、今の地合いでは、それについても「だから、それがなんなんだ」と言われそうです。
 私にはどうすることもできません。皮肉なことに、長期投資を前提に買ったはるやま商事が今日も上げている他は、いちいち株価をチェックする必要がないほどです。ただただ見ているだけです。

 今日の文章は、自分でも何をいおうとしているのか分からず、まったくまとまっていません。しかし、書き直す時間的な余裕がありませんので、このまま載せさせていただきます。


第189回 逆戻りの日<8/27>

 8月20日に再開した文章で、私は「日経平均が1万円を回復する日を境に、日本株に対する市場の見方は一変する」のではないかという見解を述べました。
 昨日、待望の1万円大台乗せとなりましたが、翌日の今日、日経平均は現在100円安で再び1万円割れ、まったくの目算はずれとなっています。
 なぜ日本株に躍動感が蘇らないのか、その理由は以下のいずれかと考えられます。

  1.日本株はまだ底をつけていない。(弱気説)
  2.底はつけたが、上がる実力がない。 (横ばい説)
  3.実力はあるが、市場が評価できないでいる。 (タイムラグ説)

 このうち、市場にもっとも多いのが2の意見です。たいていの人が、当分大きくは上がらないといいます。では、下がるのかと訊けば、下も堅そうだといいます。
 問題は、ではいつまでその状態が続くと思っているかということですが、たいていの人が9月半ばくらいまでといいます。さらにしつこく、ではその先はどうなるんだと尋ねると、多くの場合、・・・・・・です。
 2は本来は、きわめて中途半端な意見だと私は思います。どんなにエネルギー不足の市場でも、一国の平均株価が底値圏で10%以内の狭いレンジ内の動きを長期間続けることは本来ありえません。
 株価の構造上、企業、企業を取り巻く環境、市場環境、そのいずれかの要因により10%をはるかに上回る変動が生じるのが常態です。ましてや、最安値更新ぎりぎりのところでは、強弱感が入り乱れ、株価は乱高下するのが当然のはずです。
 私見では、1万円から上が重いのであれば、9400円とか9500円が安値であるはずがないと思います。

 したがって、本来なら、2の意見は問題外として、1か3か、すなわち日本株の実力は9500円でもまだ高いのか、それとも1万円をはるかに上回るほどあるのか、で市場の強弱が対立すべきです。
 ところが、たいていの市場関係者が「そんなこと分かるか」といいます。「そんなこと、今日の相場に関係ない」ともいいます。
 その日その日に作戦を決めるディーラーならそれでもいいのでしょうが、長期資金の運用担当者までがディーラーそっくりのことをいいます。
 その結果、市場参加者のほとんどがまるで為替のディーラーのような感覚で、狭いレンジ内での売買益を求めて鵜の目鷹の目ですから、先物だけでなく個別銘柄まで風に吹かれるススキのように風次第で同一方向になびきます。
 このような現状の中で、本来は嘘ものであるはずの2の意見が市場を支配し、株価がそのように動く以上、正しい意見となっています。

 では今後も2の意見が市場を支配し続けるのでしょうか?
 株式はケインズのいうように美人投票の側面があるので、市場の多数意見が当面の株価を決定します。特にいまのように市場が圧倒的に一つの意見に傾いているときは、変化はなかなか起こりません。
 2年前のインターネットバブルは、ストップ高続出の乱痴気騒ぎが少なくとも3ヶ月は続きました。いまは現象的には当時と反対に見えますが、多くの人が本質的な株価位置についてはほとんど思考を停止しており、当面の相場に対して固定観念にはまり込んだような売買に明け暮れている点ではそっくりです。
 先日の日経に、某有名研究所が、株式の長期投資は効率が悪いという恐るべき研究結果を出したことが紹介されているのにはびっくりしました。長期投資で効率が悪いというのでは、株式投資がまるでゼロサムゲームに近いといっているようなものではありませんか。
 効率が悪いのであれば株価はもっと下がるべきであり、下がりかけているものであれば短期といえども買いから入るべきではないと考えるのが正常な思考だと私は思います。
 株価の本質や資本主義のダイナミズムを無視して、現象だけで固定観念を作っている点は、おそらくその研究者も現在の多くの市場参加者と同じレベルにいるのではないかと感じました。

 私は、日本株は割安だと一投資家としても感じますので、前から3のタイムラグ説です。今日の反落にはがっかりですが、こうなったら、気長に相場の変化を待つしかありません。
 インターネットバブルと違い派手さがない分、現在の風潮は長続きする可能性もあります。しかし、長いようでも、永遠に続く性質のものではありません。アメリカで、1980年頃、いまの日本と似たような市場現象が続く中で「株の死」という本が出ましたが、その後しばらくしてから、株価は驚くほどダイナミックに動いています。
 とりあえずは、待ちの姿勢に逆戻りです。


第188回 不思議な弱気 その2<8/22>

 米国ではナスダック指数が1400ポイントを回復したのに、日本株は今日もなんと日経平均9600円を出たり入ったり。驚くべき買い意欲のなさです。

 前回、不思議な弱気ということについて書きましたが、いま弱気の相場観を持つことが不思議だと書いたわけではありません。弱気か強気かは各自おおいに違うべきであり、自分の考えと違うからといって、不思議だとは思いません。
 私が不思議だと思うのは、自分自身の考えをはっきり持っていないのに、いかにももっともらしいことを並べるだけの、無内容に近い「弱気」が横行していることです。
  1.上がる材料がない・・・・これについては前回書きました。
  2.政策の支援がなければ上がらない
  3.不良債権問題が解決しない限り上がらない
  4.買い手がいない
  5.日本はもうだめだ
 などなどが代表的な無内容に近い意見です。
 なぜ、無内容に近いかといえば、まず第一に、これらの「観察」はだれもが感じており、だからこそ株価は最安値近辺にあるのです。第二に、これらの「観察」は以前からあるはずなのに、なぜ株価がもっとも安いときにことさら言われなければならないかです。
 ドイツ証券の武者さんのように、ずっと前から言い続けている人は別にして、数ヶ月前には強気だった人がここに来て言い出しているのを聞くと、では5月は今と違っていたのですか? と言いたくなります。
 私がある人にその質問を発すると、5月と今では市場のムードが違うんだよと答えました。それならば、最初から、ムードが悪いから下がると思うと正直に言えばよいと思うのです。多分、それじゃ、自分がムードだけで相場の強弱を判断しているようで素人と一緒にされては困るということなのでしょうが、いったいにそのタイプの人は市場ムードに動かされやすく、大局的な株の判断の悪さは素人以下の人が多いようです。
 偉そうなことを書きましたが、私は投資家に文句を言っているのではなく、プロを自認する証券関係者に腹を立てているのです。
 日本では株価についての本質的な議論がつねに不足しています。バブルの頃、どこかの大学の先生がたしか「株価プカプカ論」みたいなものを発表しましたが、それに対して証券界の反応はほとんどありませんでした。アナリストさえもが市場ムードに支配され、プカプカ浮かんでいたのですから、当然です。
 いま論議すべきは、日本の株価が相変らずプカプカと浮かんでいるかどうかです。プカプカ浮かんでいるものなら、下がらなければなりません。過去はプカプカ浮かんでいたけれど、いまは経済的に割安な水準にあるのなら、市場ムードがどんなに悪くても下げに限界があるでしょう。
 株価にとって経済的に割安な水準とは何かでは、議論が分かれるところですが、つきつめれば、もし自分にお金があったら、いま債券を買うか、株を買うかで議論されるべきです。
 私は、現在の株価は、1.3%の長期国債やその他の債券より魅力的であることはもちろんのこと、安全性という点でさえも、ある意味で勝っているといえるのではないかと考えています。


第187回 不思議な弱気<8/20>

 前回この文章を書いたのは7月31日です。3週間がたちましたが、相変わらず日経平均は1万円を割れており、問題の9500円だって割り込みかねない状況です。
 私は2週間前から強気方針をお客様に申し上げています。米国株が明らかに底入れ感を鮮明にしており、米国株がソフトランディングできるなら、日本株に下値はあっても知れており、かつ上値期待は米国株以上にあると考えるからです。
 しかし、市場には退嬰的な気分が漂っています。下値不安に脅えているというより、株がぐんぐん上がる日はもう永久に来ないんじゃないかというくらいのほぼ完全なあきらめムードです。
 私はいまこそ状況に流されないで、根気よく考え、自分自身の考えを持つべきときだと思います。

 まず、不思議なのが、最近よくいわれるのが「日本株には上がる材料がない」という表現です。これは相当に熟達のプロと目される人が、利口そうな顔をしてまことしやかにいいます。たとえば××アセットの○○運用部長の談話として伝われば、たいていの人はやっぱりそうかと納得します。
 しかし、本当にそうでしょうか? もしいまの日本株に「上がる材料」がないのなら、バブル前からずっとなかったというべきだと私は思います。産業の空洞化が進み、政官に利権がはびこり、大企業の経営者がたるみきり、成長率は鈍化、株価はPERで国際的に割高という状況は、むしろ以前のほうがはるかにすさまじいものがあります。
 NTTが軽々と300万円をつける頃には「上がる材料」があり、今はないというのなら、その人は結局ファンダメンタルズを見ているのではなく、市場の人気具合や需給関係を見て発言していることになります。それならそういえばいいものを、まことしやかに日本経済と企業価値を深く洞察したうえでの考えであるかのような話しぶりなので、誤解が生じます。

 私は思います。そもそも株価が最安値を模索しているときに、「上がる材料」があるかどうかは二の次の問題です。株価の反騰は、多くの場合、株価の水準そのものが「上がる材料」になって起こります。だから、もしファンダメンタルズを踏まえて発言するなら、別の表現で、日本株の今の水準が高いのか安いのかを論じるべきだと思います。ちなみに私は、日本株のファンダメンタルズと株価との相対関係は、PERが22倍まで下がってきたことにも示される通り、80年代後半以降では、現在がほぼ最善と考えます。

 次に、もったいをつけずに、当面の需給関係の不安が率直に語られる場合です。これについては、簡単に不思議とは思えません。銀行の売り、ETF組成にからむ先物売り、9月SQなど、私も不安になります。しかし、私は思うのですが、希少金属や穀物や個別銘柄ならいざ知らず、一国の株価水準を先物が本格的に動かした歴史はないし、おそらく今後もないと思います。米国のブラックマンデーや日本のバブル崩壊は、先物があってもなくても経済的に必然の現象でした。
 銀行の持ち合い解消売りも、90年代からずっと続いている現象で、明らかに株価にとってマイナス要因ですが、株価の上昇局面では忘れ去られることさえあり、そのために必ず相場が下がるという性質のものではありません。
 すなわち、語られている需給関係の不安は、株価の決定要素ではなく、もし日本株が下向きの方向に移った場合に、その動きに拍車をかけるものと考えられます。
 日本株が上がるか下がるかを決定するのは、もちろん投資家の売買動向ですが、個別の投資家の意向はどうであれ、その根底では割安か割高かの判断が強く影響し、結果的には株価は経済的に妥当な水準に落ち着いていくものと考えます。
 不思議なことは、もっと積極的になされてよいはずの、日本株が本質的に割安か割高の議論をだれも正面から挑まず、目先の様子見に流れているのではないかと思えることです。

 2か月前のこの文章(175回)で、東証二部のはるやま商事(7416)について書きました。万年不人気の銘柄で、当時の株価は840円前後で超閑散。だれが見ても「上がる材料はない」という状況でしたが、7月以降堅調な動きが続き、今日はとうとう1190円までつけてきています。
 株価は、どんなに絶望的に見えても、上がるときには上がるという一つの例ではないでしょうか。私は、多少希望的な観測も入りますが、日経平均が1万円を回復する日を境いに、日本株に対する市場の見方は一変すると考えています。


第186回 めくるめく<7/31>

 NYダウが短期で1000ドル反発し、米国の在来産業株の底割れが回避されたことは確実です。
 つれて日本株も、昨年9月の日経平均9500円、今年2月の9400円台に並び、今回の9500円台が安値になり、長期的には上昇有望の情勢です。
 しかし、目先的にはNY市場との間にタイムラグが生じても仕方がないと思われます。回復の初期には、一番値下がりがきついものから買われるのは当然で、下げ率の高い米国株のほうが日本株より動きがよくなるのは当然でしょう。
 達観するしかありません。日本株の上昇はロング・スケールで雄大に考えるべきで、目先的なギクシャクの中で一喜一憂しても仕方がないと思います。
 このところ、強ばってきている棒鋼2社、合同製鉄と東京鉄鋼の株価にはやや一喜一憂してしまいますが、仮に年初来の新値がついたところで、売りを勧めるつもりはありません。信用で買ったお客なら、その期日との戦いだと思っています。
 日本株にめくるめく躍動感が一日も早く復活するよう祈るばかりです。

 ところで、読んでくださっている方には、大変申し訳ありませんが、都合により、8月20日頃まで、この文章は休ませていただきます。


第185回 こけの信念<7/23>

 何もできない日々が続いています。
 日本の株価が米国より強いのは大きな希望ですが、米国が下げ止らない限り、積極的に手を出せないと考えているのは私だけではないでしょう。
 多くの人と同じ考えで同じことをしていて投資の成功はありえませんが、先週申し上げた通り、いまは営業マンとして仕方がないと考えます。

 先週、かねてから注目している日本LCA(4798)がすばらしい決算を発表しました。業態から見て、高成長持続の確率は高く、PER20倍以下はものすごく投資魅力があると思うのですが、市場の反応はきわめてクールです。なんだ、いまの市場はどうなっているのかと腹を立てた後で、笑ってしまいます。自分自身がいまは眺めているだけですから、腹を立てる資格がありません。
 弱気に考えれば、どんな株だって、米国がますます下がれば、ますます不安になって買う人が減り、売り注文だけが残ります。そうこうするうちに、業績の大幅減額があったら、目も当てられません。小さな企業の場合、業績の減額が成長の終了につながることも多く、もしそうなら株価は永遠に尻すぼみです。それに、・・・・もしかすると、いまの業績は粉飾決算かもしれません。
 というふうに、考え出すと、簡単に株なんか買えるものではありません。

 こけの信念を持ちたいと思います。
 この会社は絶対持っておくべきだという信念です。多分、バフェットさんはそういう信念で投資しているのだと思います。
 絶対持っておくべきという信念は、絶対上がるだろうという確信とは違います。株価が上がるためには人が買わなければなりません。他人の行動を確実に予測することは神様しかできません。その点で、絶対持っておくべきという信念は、自分一人の存在で出す結論ですから、要は自分の納得です。
 
 いろいろ考えてみて、「こけの信念」を持てる銘柄は結構限られます。私の場合、上に書いた日本LCAやアライドテレシスは魅力的であるものの、分からないことが多すぎます。
 だから、魅力を別にして、信念のレベルだけでいえば、もっともこけの信念を持てるのは合同製鉄と東京鉄鋼の棒鋼2社です。
 棒鋼は分かりやすい製品です。くず鉄を溶かし、鉄筋用に棒状にしたものに過ぎません。それに需要も安定しています。公共投資と直接関係がありませんから、他の例えばH型鋼のように需要の減少が傾向化している事実もありません。
 その棒鋼の相場がトン当たり3万円台に乗り、さらに上昇傾向です。原料のくず鉄は1万円を超えた後は落ち着いた動きになっていますので、製品と原料のスプレッドは明らかに拡大しており、当面の業績は有望です。
 問題は、中期的にどうなるか、長期的にどうなるかですが、少なくとも関東地区においては合同と東京鉄鋼の2社の協調体制が確立されたことにより、かつてのような採算度外視の安値売りにはならないはずですし、現状程度の製品価格では新規参入はまずありえません。   
 もっとも、コンクリートの建物が今後も立ち続け、コンクリートを補強するのに鉄筋がきわめて有効という事実が今後も不変であり、棒鋼の需要がめちゃくちゃには減らないという前提条件があってのことです。
 人によっては、マンションも病院ももう建たず、家も建たないという超悲観的な考えを持っていましょうが、そこまで行けば、銘柄選択も何もあったものではないでしょう。
 私は、合同製鉄は目先重たくても将来的には200円以上に評価されてもおかしくないだけの価値のある銘柄であり、東京鉄鋼は財務面から多少不安があってもわりと早い時期に評価されるだけの価値のある銘柄と考えています。


第184回 厳しい状況の中で<7/17>

 NYダウの7日連続安を受けて、日経平均はいま75円安、1万100円台に入り、市場ムードはきわめて暗くなっています。このところ減少傾向にある個別銘柄の買い注文がさらに減少し、わずかな売り物でズルズルと下値を切り下げる銘柄が目立ちます。ソフトバンクがちょっとした記事で年初来安値に急落しているのもその一例です。
 私も実のところ、今週前半にはアメリカの株式相場と為替に反転傾向が出るはず、と期待していましたので、気力を維持するのに苦労しています。
 株をやっていると、世界が自分に微笑みかけてくれるかのように楽しいときがある反面、何もかも投げ出して、株のない世界に行きたいと思うことも多々あります。
 評価損が比較的小さいのは私ばかりではないでしょうが、問題は損の額ではなく、相場の質です。いまほど営業マンが無力感にさいなまれている日々はかつてなかったのではないかと思います。

 当面の日経平均の下値がいくらかは、議論しても意味がないと思います。米国相場がこのまま下げ続けるなら、世界の株が一段安となるのは必至ですし、逆に底打ち傾向がはっきりするなら、世界の株の中で日本株に特に弱気になる理由は少なく、下値不安は霧散するはずです。
 ここにきて米国株には見放したような投げやりな見方が急に増え、「もう底値圏だけど、反発することがあっても戻りはしれている」というのが大方の意見です。しかし、私はその意見はナンセンスと思います。
 株価が「底値圏」で長く横ばうことは、まずありえません。株価は上昇期待と下落不安をつねに抱えており、期待は期待を呼び、不安は不安をさらに誘発する性質がある以上、不安で売られた株価が大底をつければ、相当な期待の打ち返しがあるはずであり、もしリバウンドが小さければ、まだ大底をつけていないと考えるべきだと思います。
 NYダウで具体的にいえば、もしいまが「底値圏」なら、リバウンドは少なくとも9500ドルくらいまであるでしょうし、逆に戻りが鈍ければ、早晩8000ドル割れに進むと考えるべきでしょう。

 私は基本的に米国株は97年の水準で底打ちすると考えます。そして、NYダウは昨年水準を上回っているとはいえ、SP500やナスダック総合はすでに97年の水準に到達しているので、実質的にはすでに底打ちすべき水準と考えます。
 もし底打ちすれば、数ヶ月以内にNYダウですくなくとも10数%、ナスダックで20数%の上昇があるはずと考えますので、日経平均では当然1万2千円突破になりましょう。
 もちろん、以上は現状では楽観的な想定に過ぎず、米国株がもっともっと深刻にさげることだって、想定しておく必要があります。
 
 米国株の97年の水準が底値と考える立場は、実は薄氷を踏む面もあり、90年代の米国経済の拡大が根底からは否定されないことを前提にしています。
 かつての日本株は、個別銘柄でもPBR1倍(すなわち資産の簿価価値)がほぼ信頼できる下値の目途になりました。ところがいまは資産がまったく健全でも、PBR1倍をはるかに下回った銘柄が珍しくありません。ましてや米国株の場合、多くの銘柄の下値を支えているのは、PBRよりはるかに不安定なPERです。
 米国経済の先行きに投資家が根本的な不安を抱いた場合、PERによる割安感は吹っ飛んでしまう場合もあります。

 何を言いたいのだ、結論を言え、と思われる方もいらっしゃるかと思います。
 私の結論は、多分米国株はいまが底値だろうけども、営業マンとしては、手を出せない段階だということです。堅実投資の達人バフェット氏は、ハイテク嫌いにもかかわらず、小型の通信会社に巨額の投資を実行しました。私も自分のお金ならば、ぜひ現在の日本株に投資します。しかし、顧客の資金をいまの段階でさらに株に注ぎ込むよう強く勧めることはできません。残念ながら、そこまでの確信が持てないからです。
 一日も早く、為替相場と米国株が反転し、平常の投資環境がやって来るよう願うばかりです。


第183回 暇をどう活かすか<7/11>

 いま9時20分、今日の相場が始まったばかりです。NYダウが282ドル安で今年の安値を更新し、日経平均も大幅安になる中で、はやくもこの文章を書き始めたのですから、いかに暇かお察しください。
 暇なのは私ばかりではありません。私と同じ部屋の仲間たちも顧客への連絡が一通り終わると、何もすることがなくなり、頭の後ろで手を組んで、そっくり返って宙を拝んでいるものもいます。

 先日、私の主力客の一人(女性)が電話でいうには、
 「信用はもう止めるから、いいのからどんどん売って」
 「いいのからというと、どういうのからですか。利が出ている銘柄からですか、それとも損を出しても、だめそうな銘柄からですか?」
 「・・・・。そんなの、そちらで決めてよ」
 「では、お会いして銘柄を決めましょう。いつがいいですか?」
 話はそれっきりになりました。長いつき合いだから分かりますが、この顧客は今はまだ本気で信用を手仕舞いしたいと思っているわけではありません。おそらく、ご自身の心の中でそういうアイデアが出てきたという段階で、いわば試しに私にぶつけてみたということだと理解しています。
 しかし、この状況が続けば、この顧客は口だけではなく本当に信用取引から撤退しかねません。これまで長い間には、損の額で今とは比較にならないほど苦しい時期が何度もありました。そんなとき、「全部なくなるまで私は株を止めない」ときっぱり言って、泣き言をいわなかった顧客が、今は建て玉全体では評価損はほとんどないにもかかわらず、「いっそ、こんなつまらないこと止めたい」という気持を抱いているのです。

 歩合外務員として、まさに危機的な状況ですが、前回申し上げた通り、達観するしかないと私は思っています。
 フラストレーションがたまっているお客に、NJのドーンなど日々激動する銘柄を勧めてお茶を濁そうかという誘惑にも駆られますが、ドーンの価格水準が高いのか安いのか関心がまったく持てないのに、やってみましょうということは志に反します。
 私が考えていることは、現在の「暇」に対してどう逃れるかではなく、どういう展望を持ち、どう活用していくかです。

 ピーター・タスカは2005年に照準を合わせているようですが、どのようなものであれ、いま必要なのは目先の予想ではなく、大勢観であることは疑いありません。すなわち、世界経済と日本経済のトレンドをどう考えるかです。そして、この予想では、評論家がどんな立派な言葉を並べても当たる確率が高いわけではなく、プロと素人の区別はないと思います。
 長い歴史の中での経済の興亡に思いを巡らすのも、今は無駄ではないと考えています。

 ところで、今日の相場で特筆ものは、丸紅・大成のUAEからの1000億円の工事受注や、住金の油井管の大型受注など海外がらみの好材料が出て、しかも株価がそれなりに反応していることです。これを没落傾向が続く日本経済に明るみが差してきた兆しと考えるのは、さすがに思い入れが強すぎるでしょうか?

 またところで、ローランドDG(6789)という以前に書いた銘柄が昨日ストップ高し、今日も連続ストップ高の方向です。まったく値上がりをあてにしていなかったはるやま商事(7416)が先週思いがけなくも大幅高をするなど、皮肉なことに、長期狙いの投資のほうが目先的には好パフォーマンスになっています。
 急がば回れというのが、暇を活用する道なのかもしれません。


第182回 十杷ひとからげの論理<7/9>

 このところ個別銘柄のことを書いていませんが、書く気になれないのはお分かりのこととも思います。
 私の知る限り、今ほど市場に個別銘柄の物色意欲が減退したことは、バブル前にも、バブル崩壊後にもなかったと記憶します。
 これまでは、どんな下げ相場のときでも、第一部の主力銘柄の中に逆行高する銘柄が存在しました。今は、小気味よく動いているとすれば、新規公開株の他、きわめて限られた銘柄だけです。第一部市場のほとんどの銘柄が、風に吹かれるススキのように日経平均先物の動きによって右に動き左に動きするだけで、本来は市場と逆の動きをしやすい薬品や鉄道などのディフェンシブ銘柄でさえ右に習えの傾向が出てきています。(結果として、日々の騰落銘柄数はいずれかが簡単に1000を超えることとなります)

 問題は、この平均株価次第の相場傾向(十杷ひとからげ現象)の背景をどう考え、どう対処したらよいかです。
 まず背景にあるのが、アクティブ型の投資家の意欲減退であることは疑いありません。仕手系株を選好する投資家が典型ですが、度重なる崩落(というより、私に言わせれば当然の故郷帰り)により、徹底的に打ちのめされています。そして、仕手系株ではなくハイテクや優良株に日本再興のロマンをかけた投資家(野村の「戦略ファンド」が典型か?)も、大きな評価損を抱え、小泉首相の構造改革にも失望し、夢を打ち砕かれています。
 つまり、ドンキホーテ型の投資家が尾花を打ち枯らした形になっており、市場はハムレットのように疑り深い投資家と個別銘柄の上げ下げに頓着しないパッシブ型の投資家によって動く構造に変化していると考えられます。
 ハムレット型の投資家の典型は、ここにきて銀行預金から徐々にシフトしつつある個人の現物買いでしょう。おそらく彼らの大半は、証券マンの勧める銘柄をほいほいと成行き買いなんかせず、それぞれ自分の論理を貫徹しているはずです。
 パッシブ型の典型は、ここにきて徐々に日本株の比率を高めつつある海外の機関投資家でしょう。おそらく彼らの大半は、今は日米の株価の大きな流れの違いにだけ着目しているのであって、日本の個別企業に特に関心を持っている段階ではないはずです。

 このような市場構造の中で、在来型の顧客の売買は極端に減少し、多くの証券マンはため息をつくばかりです。昨日は、米国の急騰で日経平均1万1千円乗せで始まり、終わってみれば1万700円台ですから、特に暗いムードになりましたが、そもそも上がっているときから、我々は注文がほとんどなく、手をこまねくばかりでした。
 ため息をついている間に、もし我々にやるべきことがあるとしたら、何でしょうか?

 私の解決方法は、とりあえず達観することです。現在の市場状況が続く限り、普通の銘柄の日々の動きに一喜一憂しても始まりません。日本株が有望なら、たいていの銘柄は持続すべきだし、日本株がまだ底をつけていないのなら、たいていの銘柄は持っているべきではないということになります。
 銘柄個々の投資価値を重視し、銘柄にほれて株をやろうという私みたいなタイプにとってはつらい時期です。しかし、今後、日本の市場構造が昔に戻ることはないにしても、少なくとも、銘柄を選ぶ必要のないパッシブ型投資のほうがましとだれもが考える状況は永遠に続くわけではありません。平均株価の多少の上げ下げの予測よりも、銘柄の選別のほうが重要な状況が必ず来るはずです。

 それと、日本株の長期波動はどう考えても有望と思われます。ピーター・タスカ氏も日本株の長期的な視点での有望性を説いているそうですが、目先的に上値が重いことは、必ずしも長期的に上値が閉塞されていることにはなりません。むしろ逆のことが多いと私は思います。
 おそらく、日本株は少しずつ鈍足に水準を切り上げていくものと考えます。そして、その過程で、平均株価の動向が全体の銘柄のモメンタムを十把ひとからげに支配する時期と、平均株価はほとんど動かないが個別銘柄(特に中小型)の動きが活発化する時期が、1〜3ヵ月おきに繰り返されるのではないかと考えています。


第181回 石の上に4年<7/5>

  前回、現在と1930年頃との類似についての暗い意見が日経金融新聞に出ていると書きましたが、昨日の同じ欄には、まったくトーンの違うことが述べられています。
 2日付の意見は、1920年に日本の株高がまず終わり、米国に資金が集中し、その米国のバブルが29年にはじけ、その後長い整理につながった。その経過は今とそっくりで、だから、今後、国際経済が長期的に低迷する可能性があるというものです。
 それに対し、昨日の意見は、1929年以降のNYダウの下落波動と89年以降の日経平均の下落波動の相似を述べたもので、その相似が続くなら、日経平均は今年2月に大底を打った可能性が大で、今後は長期的な上昇相場が考えられるというものです。

 その2つの意見は、明らかに違うムードで書かれており、まったく対立する立場にあるようですが、実のところ、つなぎ合わせることも可能です。
 すなわち、米国を中心に国際経済の調整が長引くとしても、日本の株価はすでに大底を打っており、大局的には上昇途上にあるという仮定は成り立ちえます。
 ただし、国際経済の調整が深刻なものであるなら、日本株の上昇余地はもちろん限定されます。安値は更新しないけど、ただそれだけのことで、上昇波動というより横ばいといったほうがよい時期が延々と続く可能性があります。

 昨日の意見のように、もし1929年以降のNYダウと今の日経平均がほぼ似た日柄と変動率で推移するなら、日経平均が2万円を回復するのは4年後、89年高値を抜くのは12〜13年先ということになります。
 4年で2倍近く、12年で4倍近くなるなら、年利回りはすごいじゃないかと普通の人は思うかもしれません。しかし、ただし、在来の投資家や証券マンの大部分は、そういうソロバンの弾き方はしません。極端な人は、今日はどうなのということにものすごくこだわっており、極端ではない人も、せいぜい半年先のことしか考えていません。

 バブル崩壊後、在来の投資家のこうむった損失は莫大です。その責任のかなりの部分が、その日に何を売らせて何を買わせて、いくら手数料を上げるかというソロバンしか持っていなかった証券会社の体質にあると私は考えます。最近さすがに証券会社の営業方針は変わったものの、営業員の意識はそれほど変化していません。
 在来の投資家は、資力を使い果たし、それでも夢よもう一度というかすかな期待感を抱き続け、我々歩合を含めた証券マンは、バンバンと手数料の上がる相場の再来を一日千秋の思いで待ち続けています。
 だから、4年後の話なんかは彼らにできません。仮に4年後に本当に2倍になるにしても、この1年が横ばいに近いなら、彼らにとっては地獄のような話だからです。

 その点で、この春以降、個人の現物が買い越しになっており、特に先月は4000億円台と珍しいほどの高水準になったことが注目されます。
 おそらく、在来の投資家とは違い、4年や12年を気が遠くなるほど長いとは思わない感覚の投資資金が流入しているものと思われます。

 過去の事例などあてになりません。歴史は繰り返すこともあり、繰り返さないこともあります。だから90年前NYダウの動きが単純に繰り返されるとは思いませんが、今後の回復にまだ時間がかかるだろうということは、私自身の感覚とも一致します。
 今後予想する展開は、主に次の2つです。
 @ 米国株の調整が短期に終了し、国際景気の堅調で日米株価とも緩やかに上昇。
 A 米国株の下落基調は長期化し、NYダウは8000ドル割れ。ただし、長期的にはソフトランディングの形となり、日本の株と景気への影響は限定的。
 やや楽観的な想定とはいえ、いずれの場合も、本格的な回復のためには長い時間が必要だと思われます。
 4年や12年の年月をものともしない覚悟で、日々の相場に取り組んでいくしかないと考えています。

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